何者にもなれない僕叫ぶ
22時過ぎに勤務を終え、帰路に就いた。
担当する公演の仕込みが始まると、舞台も楽屋もホワイエも、連日長時間の準備が続く。施設の事業担当がやることはそんなに多くないが、とにかく朝から晩までその準備に付き合う。施設内を駆けずり回って必要な備品を運び、利用後の原状復帰や施錠を済ませて最後に帰る。カンパニースタッフからの相談事に対応したり、資料を作って他の部署に情報共有したりしていると、気づけば1日が終わっている。
忙しい日は疲れるけれど、いつの間にかハイになっていて、帰る頃には謎の充実感に包まれている。身体を動かす時間が多いから、いつもより交感神経が優位になっている。でもそれだけではなく、仕事を通して色々な人と関われることへの喜び、人から必要とされることをできているという安心感、そんな気持ちを改めて感じることができるからだと思う。忙しくさせてもらえることはありがたいし、楽しい。
だけど、忙しいだけでいいのだろうか。楽しいだけでいいのだろうか。
そもそも、何のために働いているんだろう。
そんな風に思う僕は、とても理想主義者なんだと思う。
3月までで今の職場を辞めることにした。
次の職場はまだ決まっていない。今まで転職を2回したことがあるが、次を決めずに辞めると言ったのは初めてだ。4月からお金を稼げる見通しが全く立っていない。正直、怖い。上司に退職を告げた翌日なんて、急に実感が湧いてきて1人で泣いて色んな人に連絡してしまった。情けないが、僕はそういう人間だ。理想を追いかけたい自分と臆病な自分、その合間で常に揺れ動き、勢いで行動しては怖がりながら前に進んで、人に頼ってなんとか自分を保ちながら生きてきた。きっとこれからもそうだ。
どこかで「職場の居心地が良いと感じたときが辞めどき」という趣旨の言葉を目にしたことがある。確かに忙しいだけではなくて相応のストレスも感じてきたし、居心地が悪いと感じる日もあった。しかし、今まで転職を決めたタイミングと比較すれば、現職で「居心地が良い」と感じる時間は圧倒的に長かったことは確かだ。そういう意味では最も「辞めどき」、つまりもっと大きな理想を求めて動いても良いときなのかもしれないと思う。
曲がりなりにも事業担当として働いていると「制作」「アートマネージャー」という職能についてよく考える。学芸員や司書のように資格をもたない、働き方も多様でつかみどころがない肩書。この広い社会の中で僕はその務めを果たせているのだろうか、と常に疑っていた。そして、現職で3年働いている間に色んなところで「制作」「アートマネージャー」として働いている方々にお会いして、その人たちのように文化施設以外の場所でも経験を積んでみたい、と考えるようになった。
なんとなく今の自分は、ギリ「制作」なら名乗れると思うけれど「アートマネージャー」は名乗れないと思っていて、名乗れるようになるためにもっと色んな場所で色んな人と一緒に働いてみたい。その気持ちがどんどん大きくなってしまって、あまり先を考えずに施設を飛び出すことだけ決めてしまった、という感じだ。
失敗したらどうしようとか、上手くいったとしてさらにその先はどうするのかとか、もちろん考えていないわけではないけれど、今までの経験を踏まえると大体のことは計画通りになんていかないし、出たとこ勝負でいいと思っている。実際、今までの人生を僕は全然後悔していないので、先のことは先の自分が良きようにするのだろう。談志も「人生、成り行き」と言っていたし。
こんな呑気なことを言っていられるのも、もしかしたら今のうちだけなのかもしれない。10年後には生きているだけで精一杯になっているかもしれない。あるいは、今想像している理想に近づいてさらに別の悩みを抱えているのかもしれない。それでもいい。この世界で苦しみながら自分の人生を進んでいけること自体が、なんて幸せなんだろうと思う。
やっぱり、まだハイになったままなのかもしれない。
舞台は膨大な時間をかけて仕込まれるのに、公演が終わるとほんの一瞬でバラされていく。その終わった後の真っ暗な客席の鍵を閉めて回る時間が僕は何よりも好きだ。
1つの舞台が終われば、また次の舞台が始まる。その合間も含めて、僕たちは常にそのバックヤードで生きている。
出かけるようになりました
年齢を重ねるにつれて、なかなか人と共有できない苦しみが増えていく。みんなそれぞれの道を歩き始めて、生きる上での共通認識みたいなものが少なくなっていくからということもあるし、社会に揉まれて以前よりは視野が広がって、自分は客観的に見てどういう状況に置かれているのかとか、人と比べて自分がどんな立場なのかとか、そんなことが分かるようになってきたからかもしれない。だからSNSで苦しい気持ちを呟いてみても、その言葉の真意は伝わらない、わかりあえない、し、それどころかその言葉は読んだ誰かを傷つけることさえある。なぜなら、自分が何に苦しんでいるのかを表明することは、つまり他者に対する意識や感情を発露することに他ならないし、人は自分を正しいと信じるために他者を平気で悪者にするからだ。憂鬱は人を傷つける。だから、世の中ではポジティブなものが持て囃され、ネガティブなものは隠される。
密かに応募していた求人の書類選考の結果が面接予定日の前日になっても届かず、念のために電話で問い合わせると「結果は選考が終了してから全員に通知します」と、募集要項の記載内容と一致しない回答を告げられる。この歳になってサイレントお祈りを受けることになるとは思わず、また、その程度でショックを受けている自分にもショックを受けてしまい、一日何もできなかった。
久しぶりに会った高校の友達は知らない間に正規雇用になり、知らない間に結婚していた。昔と何も変わらないバカな会話が救いだったが、いつまでこうしていられるんだろう、彼らに子どもができたら関係性も変わってしまうんだろうなと思う。
仕事をきっかけに全国に知人を作ってFacebookで繋がってみても、彼らと自分が対等な感じはしない。人格も容姿も経験も知識も、何もかもが劣っている気がする。自分の持ち味って何だろう、と考えてたまにはプライベートで落語をやる機会を作ってみても、学生のときほど頑張れなくてますます落ち込んでしまう。知り合いが多いことだけを誇っているような大人にはなりたくない。だけど彼らと対等に仕事ができるようになれるほどの努力が自分には足りない、と思う。
悩みというのは全部気持ちの問題なんだという言説をどこかで目にしたことがある。曰く、一つの客観的な事実に対して、ポジティブな感情を持つ人、全く何も感じない人、ネガティブな感情を持つ人というのはそれぞれいて、それはその人の性格の問題でしかないのだという。正論だと思う。
先述のような僕の悩みには、潜在的な差別意識とか規範意識が含まれている。例えば安定的な雇用の仕事に就いている人ほど偉いとか、結婚している人の方が偉いとか、容姿が優れている人、活動的で経験豊富な人や、勉強熱心で知識をたくさん持っている人が偉い、というような。自分はそうじゃないから偉くない、もっと頑張らなければならない、という感覚だ。
いくら多様性の時代だ、生き方には色んな正解があると世の中で叫ばれるようになっても、僕の中にあるこの呪いのような、刷り込まれた感覚がなくなることはない。自分に向ける厳しい目は、無意識のうちにそのまま他者にも向けられていて、近づいた人を傷つける。僕が自分の手でこの呪いを打ち破らないことには、いくら自己実現ができたとしてもこの価値観を再生産する側から抜けることはできない。
誰かに承認されたいと欲望する。その欲望を性欲と取り違えていることもある。僕はInstagramのストーリーズを開いて、好きなアーティストやアイドルの投稿に「いいね」をつけた。好きなものを好きだと表明していかなければ、人から好きと言ってもらうこともないような気がしたから。
苦しいけど、本当に好きなものだけを好きだと言っていかなければいけないのだと思う。ネガティブな感情は無闇に人に伝えるべきものではないけど、それでも自分に嘘をつくくらいなら、信頼できる誰かに発信しなければならないのだと思う。自分のために。
毎日があっという間に過ぎていく気がしてすごく焦るけど、自分のことばかり見て感情に溺れるのではなくて、他者のことを思い遣りながら一緒に歩けるような人になりたい。
声もない ひびかないずっとロンリーアクション
諦めることが大人ではない、と僕はTwitterでつぶやいた。それは自分に対して言い聞かせた言葉でもあった。あまりにも周りの大人たちの諦めた言葉を聴く機会が多く、諦めの悪い自分が惨めに思えたからだった。諦めることが賢い生き方なのだろうか? 理想なんて捨てて、長いものに巻かれて、波風立てないように穏やかに生きることがまともな大人の生き方なのだろうか? 僕は仕事を通して社会を自分の理想とする方向に少しでも動かしたいと思っている。でもそんなこと言ったらみんな笑うだろうか? 若造のサラリーマン1人の仕事で社会なんか変わらないよって。そんな身の丈に合わない理想なんか捨てて、そこそこ世間体が良くてそこそこ稼げる仕事を細く長く続けるのが賢いやり方だよって、僕の中の誰かが僕を常に嘲笑っているけど、どうしてもそんな生き方ができないんだよ。僕は自分の感受性を信じていて、その感受性で一番社会の役に立てる場所はここしかないと思ったからこの仕事を選んだんだ。劇場という場所は社会の中でどうあるべきか? その問いは一生考え続ける価値があると思ったからこの仕事を選んだ。なのに何だ今の体たらくは。何の思想も体現できていない。自分の所属する組織が間違っていると思う方向に進んでいてもそこに異議を唱えることすらできない。若いうちは思うとおりにいかないよって尊敬する人が言っていた。わかるけどでも悔しいよ。僕のこの気持ちは嫉妬だとかエゴなのか? 何の役にも立たない負の感情だっていうのか? あなたは真面目過ぎる、家に帰ったら仕事のことなんて考えないほうがいいよって上司に言われた。でも今の仕事は僕の生きる軸そのものだから悩むことがやめられない。逆に悩むことすらできないような仕事に日々大量の時間を費やせるメンタルがほしい。わかってるよ、つまんない人間だってこと。仕事以外考えることがない暇人だからこんなことになってんだよ。同世代のまともな男はちゃんと彼女作って人生進めてんだよ。それが俺は何だ? 誰にも伝わらない悩みにストレスかけられて、食べてオナニーして寝てるだけじゃねえか。高校生の頃からやってること変わってないんだよ。可愛い女の子を見ると劣等感で死にそうだ。美しいものに関わる仕事なのに自分はどんどん醜くなっていくばかりで本当に嫌になる。どうすればいいんだろう。とにかく自分の理想に少しでも自分が近づいている実感がほしい。こんな執着にも誰か美しいと言ってくれないだろうか? できれば可愛い女の子がいい。
ここからまだ行ける 今も変わらず 何度も
僕には僕であること以外に価値なんてないのだ。だから僕は、僕がしたいようにすればいいと思う。だって、誰かのために生きることなんて誰でもできる。僕のために生きられることこそが、僕が僕であることの何よりの証拠なのだ。
社会人5年目の春を迎えている。嘘だろ?
僕はこの5年の間に、2回転職をした。1回目は社会人1年目が終わった春、2回目は社会人3年目が終わった春に。つまり、3年以上同じ職場にいたことがない。大学に入った頃、こんなキャリアになるとは夢にも思っていなかった。あの頃は教育学部を出て普通に学校の先生になると思っていた。でも大学を卒業した春にはなんとなくこんなふうになるような気はしていた。そのときの僕には僕がしたいことがわからなかったからだ。
社会に出るのが怖かった。人と関わるのが怖かった。ていうか今も怖い。大学の頃はできるだけ人と関わらなくて済むバイトを探して、倉庫内で軽作業をしていた。フォークリフトでパレットを引っ張って、その上にコンテナやダンボールを積みながら冷蔵倉庫の中を歩き回るバイト。社会の裏側が覗けたみたいで楽しかった。人生どんなに失敗してもここになら戻ってこられるような気がした。そういう場所を求めていた。だけど、最初からここにいるのは怖い。何がしたいのかわからなかった僕は、とりあえず多くの人の役に立ちそうで、そんな社会の裏側とも関わりを持ち続けられそうな会社を選んだ。工業系の商社だった。いろんな工場で使われる消耗品を販売するルート営業。ド文系の僕にはすべてが新鮮だった。「ご安全に」という挨拶。CADで描かれた部品の図面。プロボックスで博多から唐津まで運転する毎日。助手席で他の営業所の同期と電話で喋りまくる上司。ベルトコンベアのベルトをくっつける専業の職人(元営業マン)。社員旅行。社長に連れて行かれた中洲のスナック。初めて見るものばかりだった。社会って面白いなと思った。だけど、自分が何をしたいのかはまだわからなかった。
結果が全ての営業の仕事にも、今なら前向きに取り組めるかもしれない。自分には合わないと思っていた、パチンコや風俗の話ばかりするあの取引先のおじさんとも、今なら仲良く話せるかもしれない。だけど、そのときはなぜだか営業の仕事がとても窮屈に感じた。関わる人すべてがつまらなく感じられた。自分よりもっとこの仕事に向いている人がいると思えてどうしようもなかった。
だけど社会人1年目に見た世界は今も鮮明に覚えている。社会人2年目以降は、ずっと劇場という場所で働くことになるのだけど、僕の意識はいつも劇場の外で働く人たちに向いてきた。この街に住むすべての人がそれぞれの小さな世界で生きている。ときに傷つき傷つけられながら、決してわかり合うことはなくすれ違いながら生きている。そんな人たちが一瞬でもわかり合える瞬間に立ち会いたいと思った。そんな場を作り続けたいと思った。落研のとき、僕は何回もそんな場を見せてもらってきた。だから劇場という場所に興味を持った。
続きはまた今度酔っ払ったときにでも。
僕たちの目は見えすぎて ずっと宗教のように絡まるから
何か書きたい気分なんだけど駄文しか出てこない。しばらくまとまった文章を書いていないから、書く能力が落ちているのかもしれない。アウトプットだけでなく、インプットも最近怠っている。同じ曲ばかりいつも聴いているし、読書や勉強をしていないし、知らない場所へ行っていない。つまり、そもそも書くほどの内容がないということだ。ただ漫然と仕事をして家でダラダラしている。でも、仕事は楽しい。職場の人たちは優しい。それは、いいことだ。
転職して早8ヶ月。秋口からにわかに忙しくなり始め、今までのサラリーマン人生で最長残業時間を記録した(あくまで自分の中の記録であって、他の同世代と比べれば「普通」の範疇に入る時間だと思うが)。それもあって、あと寒くなったのもあって、生活に対するやる気が落ち、買い物や料理をする気が起きなくて外食ばかりしていた結果、太った。肌もめちゃくちゃ荒れている。職場は平均年齢が若く、綺麗なお姉さんやかっこいいお兄さんがたくさんいるのでこんな小汚い人間が一緒にいてもいいのだろうかと思って、慣れない美容室へ行ったり服をやたら買ってみたりしたが、特に楽にはならなかった。相変わらずきつい日はきついし、なんともない日はきれいな人たちとおしゃべりできてラッキーくらいの感覚で仕事をしている。時々この意味の分からないコンプレックスに振り回される。痩せたり肌をきれいにしたりしないと、きっと一生治らないのだろう。
僕には、気分が落ちると寂しくなって恋愛をしようとしてしまう非常に困った性質があり、今年は齢26にして初めてマッチングアプリに手を出してみた。結果2人に会ったが続かず、2人にやり取りの途中でブロックされた。電話してる途中で切られてブロックされたのには流石に驚いた。そんなに僕の話がつまらなかったのだろうか。ネットを介して出会うだけで人間というものはこんなにも残酷になれるのだなということを学びつつ、課金してしまった残りの2ヶ月を如何にして過ごそうか、決めあぐねている。
ここまで書いてみて読み返してもやっぱり面白くない。だめだ今日は。さっさと家に帰って寝よう。ちなみにこの文章は快活クラブで書いている。家で全然何もできないから持ち帰り仕事を消化するために無理やり来てみたものの、漫画を読み続けて何もできなかった。人間は結局どこにいるかではなく何をするのかが重要なのだ。僕だってやるときはやる、そんなことは僕が一番よくわかっているのだ。けれどとりあえず外に出ることで「やろう」という意志は少なくともあるのだ、という言い訳を自分に対して用意したかったのだ。そんな的外れな努力をするくらいなら最初から家で腹を決めてやれば良いものを。
快活クラブにいると、いつか40代、50代になってもまだ僕は一人でここへ通い続けているのではないかと思ってなんだか怖くなる。「もし東京なんか行って、路頭に迷ったらどうするの」といういつかの母の言葉を思い出す(結局東京には行けなかったのだけれど、これから先行くかもしれない)。去年の冬、転職する前に実家から快活クラブに通って「アフロ田中」シリーズをずっと読んでいた。僕も田中のように出会った人たちを大切にして生きていればなんとかなるものだろうか?
明日は演劇を観に行く。明後日は浪曲を聴きに行く。客席にいるときは心底安心する、隣には同じ作品を見に来た客がいて、舞台には客のために演じるアーティストがいて、舞台裏にはその空間のために働く裏方がいて、寂しくないから。